信州山遊びねっと

 

 

 

スキーといえば、小学校のスキー教室と社会人になってから数回遊んだだけである。その頃、「私をスキーに連れって」の映画が大人気で、パラレルで滑りたいと夢を描いていたが、1984年頃の菅平スキー場長野に住んでるからスキーが得意とは限らない。寒いので家から出ない事が多く、好き好んでスキー場に行くほうが珍しいと思っていた。

スノーボードが流行りはじめた頃は、毎週のようにゲレンデに通って練習していた。次の年は飽きてしまい、スノーボードで滑ることは無かったけど、転び方は今でも憶えている。これはテレマークでも使える技術だった。

2001年12月にTSLのスノーシューを購入してフカフカの雪の中を歩いてみた。踵がロックできアイスバーンにも強く、湯の丸山や篭の登山など、スノーシューを履いたまま登った山も数多い。2001年12月15日 湯の丸山にて

フレームパイプのスノーシューは、ラッセル対策として2002年12月に購入するが、3回ほど使用してオークションに出品してしまった。足元が不安定で踵がロックできず、急な下りは不得意だった。

2002年の初冬は早くから雪が降り、北アルプスで一生懸命ラッセルしている自分に飽きしてしまった。これから毎週のようにラッセルして、雪に埋もれながら何時間も行動するのは大変だ。何か良い作戦が無いかと山の雑誌を読んでいると、テレマークスキーで冬山に登ることが紹介されていた。スノーシューやワカンに比べ、極端なラッセルも少なくなり、縦横無尽に遊べそうな気がしてきた。

滅多に行かない長野の○○スポーツへ行き、テレマークスキーの値段を聞いてみると、ビックリするような値段を提示された。どうしようか悩んだが、スノーシューで苦労するより、テレマークスキーの技術を習得して確実に冬山から帰ってこれるようにしたい。
○○スポーツの帰りに菅平スキー場でテレマークスキーの練習をしてみるが、自分でもビックリするぐらい滑れず、プルークボーゲンすらできない。こんな事だったらテレマークスキーを買うんじゃなかったと後悔してしまった。

 
テレマークスキーを始めた頃、どうやって滑って良いのか分からず「日本テレマークスキー教程」に御世話になった。

毎回のように目標を決めて、何度も繰り返し練習するが、何だかスッキリしない状態で練習することが多かった。
何が物足りなかったというと、栂池の「まほろば」で超初心者講習会に参加するまで基本が全然ダメだったということである。ビデオを見ながら研究しても、重心の位置やバランスなど、何となく憶えた技術は、何となく滑れるぐらいの技術であって、プロが教えた技術は上手になる最短の近道かもしれない。

 

テレマークスキー 3日目

テレマークスキーを始めて3日目に怪しげなテレマークターンを憶えた。とっても疲れる体勢だが、アルペンスキーでパラレル、シュテムターンができない人間にとって、湯の丸スキー場のサラサラした雪は滑りやすかった。

今でも忘れられないのが、湯の丸スキー場で細い板と革靴で軽快にショートターンを決める人がいた。初めて見る他人の滑りは、凄いもんだと感激した事を憶えている。

 

注意!
私はテレマークスキーを利用してスキーツアーを行ってます。
下手なので、アホなことをしてても気にしないで下さい。
昔から多くの岳人が利用したツアーコースは、比較的に雪崩が少ない山スキーに適したコースで、スノーボードでは雪質状態によって大変な場合もあります。スノーシューで行動される場合は、ラッセル大会にならないように国土地理院が発行する地図などを見て、十分に地形を把握して検討して下さい。
山で遭難して現在地が分からない場合、GPS機能付き携帯電話で現在地を取得して、Eメールで助けを求めることも可能です。但し電波が届けばの話ですが…

冬山は体力勝負です。日頃から訓練を行い、装備の扱い方や生きる技術を養って下さい。
山屋は山に登る為の技術を持ってますが、滑りはイマイチという人が多いようです。逆に滑る技術を持ってる人は、山の技術が不足してるように思います。経験から得るものは必ず役に立つと思うので、山に限らず体力が続く限り遊びましょう。  

2005年12月

 
注意事項
サイトに記載してある内容で問題が発生しても管理者は一切の責任、補償、賠償を負いません。
Copyright(C)2002-2017 信州山遊びねっと  管理運営者:立木登美男 発信地:長野県上田市